全国大会 青学vs氷帝 3rd 【準備】
お久しぶりです。昨年は入院等ありましたが、薬が変わってから安定しています。
ところで今日は私の誕生日と+α(αの方が長い)を書きたいと思います。
私は元来誕生日に恵まれてないんですね。例えば眼科の検査で、一時的に目がぼやけて何を食ってるのか分からないとか、主役そっちのけで兄貴が構われたりとか、ケーキを食べてゲロ吐くとか…。
今年は、今年こそは何かないかにゃ~なんて、インターネットしてると、某ゲームのライブが幕張であって。一応推しもいますし、これ行こうって一般チケットを取ったんですね。8000円です。嵐と同じ…。バーチャルなのに。
イープラスからメールが来るのですが、
ミュージカル『テニスの王子様』3rd 全国大会 青学vs氷帝
は?めちゃくちゃ行きてぇ!そう、テニミュは15周年。私は中学3年から好きなので8年焦がれています。きっかけは、単純に「あいつこそがテニスの王子様」の空耳聴いてそこから増田俊樹が演じる幸村くんにフォーリンラブしました。私は根っからの1st厨です。が、皆違って皆良い精神も持ち合わせてます。
ドリライ2014には行きました。大学受験をした足でSSAまで行って、次の日公演。お前受験なめてんのか?その時は2ndでしたよね。小越君がかわいかったなあ…とか、幸村のテニスはやはりやばい、みたいな。やっぱ跡部に雌猫って言われるとピキャるんだなとか。日吉に手を振って貰えて、乾とハイタッチされて、ビックリした18の夜なのですが…。8年も焦がれていながら、本公演に一度も入ったことがねぇ!!!全国立海のDVDばっかりみてるわ、家で、こちとら!
それはそれとして、じゃあ行きたきゃ、応募すりゃええやん、ってことで、一番近い多賀城ホールを選びました。ただサイトみるとキャパが…アレ?ま、まぁ深く考えるな!
さて、当落。落ちてました。凄く死にたくなりました。私は関東大会の氷帝も好きですが、やはりより強くなった全国大会がいいんですよ。D1の試合とS1は見物ですし…。
ま、マジかー。ま、しゃーないか、と思いながら、心の片隅には全国氷帝がありました。
月に一度のネイルを氷帝のユニフォーム柄にしてもらいました。幕張行くのになぜ???そして私はかとべ厨なので、どうしてもかとべの氷の世界のCD音源が欲しかったので、中古でCDをポチってました。今は…廃盤なんでねぇ…。とにかく身体から滲み出る、氷帝への思いと、全国氷帝に入りたい。抑えきれなかった。
そして全国氷帝東京公演が始まります。テニミュツイッターを見ると、"当日券"用意してます。
当日券…?!
え~でも東京やし、私が行けるのは…7月22日。私の誕生日やんけ!そして、そう、幕張と被ってるんですね。モロ被り。どうしよう…この時点で迷ってました。とりあえず、当日券についてくまなく調べました。そして、幕張まで三日前……。
私、体調悪いんで東京いきません。
そう、幕張に行く気が、萎えてたんですね。既に。一緒に行く父はわかった。と言ってくれました。しかし私は不埒な事を考えてました。
当日券、ワンチャンあるんじゃねーの?(CV.跡部景吾)
つまり、幕張を蹴って、棄てて、テニミュに懸けると言うことです。なんという大博打!父に「実は22日、TDCでテニミュあるんだけど~当日券ってのがあってさぁ」砕けた感じで話すと、はあ?という顔をされましたが、じゃあテニミュにするか?となって、私の人生初当日券チャレンジは決行されるようになったのですね。某ゲーム好きの人が見たらぶち切られますね…。すみません。でもテニプリは私の人生なんで…。
7月22日、誕生日。新幹線で東京へと向かう。勿論グリーン車で。
9時頃には、TDCに着いたと思います。ポスターが貼ってあって、おお、きたか!という気持ちに…。
炎天下の中、頭が可笑しくなって、腕を高らかに上げ、指パッチンをして「おい、樺地」等と親を樺地呼ばわりする馬鹿になってました。指パッチンは私の癖なんです…。昼飯は丁度当日券云々と被っていたので、ガッツギアというイナズマイレブンが描いてあるゼリーを飲み飲み。お互いに超次元スポーツだから気が合いそうだね
10:40位ですかね、スタッフがぞろぞろきまして、「ミュージカルテニスの王子様の当日券の列を作ります」みたいなアナウンス。私はわりと前の方に並びました。こっそりシンクロのまたも二人がスイングに~って歌ってたらやめなさいっていわれたにゃ。
11:00「当日券は抽選です」まあ予想はしてたけどね。
40分位に、入り口付近で発表します。お、おう。どうなるんだぁ!?と思いつつ、まあ当たるやろ(鼻ほじ)テキトーこいてました。
へぇ~受験の発表みたいやな。私の番号は……補欠当選だと!?…ワンチャンあるか?でも番号速い方だからワンチャン……、犬かよ。「補欠当選の人は12時に集合してください」
ゑ、また待つの…。少し焦る。これで駄目だったら一生テニミュ、生で見れない…。弱気になっていた。
12時。すみません。数字隠すのめんどいんでそのまま出します。
「では補欠当選の方を発表しますね。まず、1番、間違いました、7番の方こちらへ」
7番!?私!?まじで!?
ガッツポーズしながら、1番前に並ぶと、私の目からは涙が溢れてきて号泣、やっと、やっと報われたんだなぁ…。そして手の震えが止まらなくて、ラインの返信に苦労したし、足は震えるし、若干過呼吸になるし、とにかく千石くんに言わせれば、ラッキー⤴️って感じですね。
そして、中に入って、お金を払ってチケットを受けとる。
TDCなんて入ったことねぇからわかんねぇよ…。見切れでもいいんだ、入れれば。構わねぇ。
しかし、チケットを受け取ったのが12:20くらいで、急いで入り口の写真とって、物販でポーチ買って、トイレ行こうと思ったけど、案の定混んでて、諦めました。
席は見切れなので、上から見る感じですね。ステージの奥は全然見えません。
とりあえず、泣くと思って、バンドタオルを用意。すぐ近くが袖口なので、足音が聴こえておもしろかったです。
22日のアナウンスは、滝でした。台詞は覚えてません!(おい!)
長くなるので、次回は公演の内容を書きたいと思います。
すみません、横になっちゃいました。
入院前日
今日は入院前日であります~~~。いまかかりつけの婦人科からお送りしております~。なんと、婦人科さんでは代理でお薬を貰うことはできないとの事。なので入院する医大宛に紹介状を書いてもらわないといけないのです。すげ~~~~~~めんどくせ~~~~~~と思いながら、すげ~~~~~~ボサボサの髪で、カジュアルな婦人科にいます。婦人科って結構不妊の人が多いから、生々しい話を聞くんですよね~。
今回は受精しなかったの
えっ!?生理きたの?
そーなの、だからまた頑張らなきゃーって
おファッ!?
話がそれました。
その紹介状を持って行くと、医大の婦人科からピルが貰えるという訳ですな~~。
そして、入院といえば、準備なんですが…
すげぇ買い物した!!!!
100均、しまむら、イオン、マツキヨ、エトセトラ…とにかく初期投資が多すぎィ!そして、閉鎖病棟なので、紐のあるものはボッシュートとか制約があって、困難を極めました…。大きい鏡ダメって…身だしなみ出来んやん…。しまむらって便利だし安いしサイコーだなって改めて思いました。あと消灯後のためにポータブルテレビなんかも買ってもらえて、入院特需みたいになってます。とにかく色々買ってもらえるというね…。
そんなこんな不安はすこしですが、ひやかしやじうま根性丸出しの方が気持ちとして大きいので、楽しみっちゃあ楽しみです。あと家族から離れられるのが幸いです…。
1ヶ月で10kgも太りました!過食辛いョ…
親に感謝しろというパワーワード
義務教育の時よく言われていた言葉がある。
「育ててもらった親に感謝しろ」
わたしはこれを聞いて、すごくもやもやしたし、理解出来なかった。
そして家に帰ると、母親から、祖母から
「親に感謝しろ」
と言われる。
感謝とは、なんなのか。
わたしのうちは機能不全家族で、それでいて親から心理的虐待を受けていた。虐待を受けていた当時は、それを言葉に形容することも出来ずにいた。というのも、やっとDVが出てきた時代だったからというのもあるけど。高校生になって、鬱になって、ようやく自分は被虐待児だということを認められた。病院に行って、それは虐待です。と言われた時は涙が出た。あぁわたしが受けてきたのもそれなんだなぁと。
わたしは家族というものがわからない。というのは、家は冷えきっていて、族というよりは個だったからである。みんなが別の方向を向いているのだ。志も別。何も族に対するものは無い。だから家族関係の大切さもよくわからないのだ。
さて、よく言われてきた言葉。これを聴くと、無性にイライラするし、行き場のない怒りがこみ上げてきて暴れたくなる。
てめえが勝手に産んだんだろうが!!!
と言いたくなるし、感謝は自然と感じるものだ。
「なんだ、感謝だけされたいんだったら、いくらでも言うわ」
わたしはこれを小学生の時に言った。感謝しろ感謝しろとせびる母親に。
もちろん根底では感謝している。中退したけど、大学まで行かせてもらったし、就労しなくてもいい環境なのも含めて全て感謝している。これは心の底から思っている。(といっても父親が計画的にちゃんとしてくれたお陰なのだが…)
うまく消化できなくて、衝動で書いた。まとまりもない。けれど、感謝しろ感謝しろと押し付けがましいのはお前はいったい何様なんだと言いたい。そして、虐待を受けていた子供にとってはとても惨いワートだということも忘れないで欲しい。
統合失調症かも
最近、希死念慮と少しの幻聴、被害妄想が酷く、そして独語があることを話したら、一歩手前の状態と言われた。兄がそうなので、まあ…そうか…の気持ちにしかならなかった。医者は困っていた。鬱の毛もあるから、抗うつ剤は抜けないし、かといって組合せがむつかしいと。
わたしはひとりでいると、ひとりで話をする。それは独り言ではなく会話だ。わたしは、わたしだけどわたしではないものと会話をしている。そこには普通に笑いがあったりするし、もはや友達、いわゆるイマジナリーフレンドのような存在だ。そしてもうひとり、わたしに暴力的な事をいうわたしもいる。これは「あぁ…どうして自分はダメ人間なんだろう」「うるせぇ、おめぇ死ねや」「そーだね」「早く死ね」こうなるのだ。とにかく、そのわたしは暴力的で過激だ。「うっせーな殺すぞ」が口癖だと思う。
酷い希死念慮があって、なおかつ統失に入門しているので、リスキーだが入院も考える必要があると言われた。正直、今住んでいるマンションの上の階の騒音に悩まされているので、そう言われたことで嬉しい気持ち、反面少し怖いというのもある。どういう所なのだろうか。しかしわたしは静かに過ごしたいのだ。
何も楽しくないし、服にも関心がなくなってしまい、つまらない人間になってしまった。過食も進んで、体重もこれまで生きてきた中で最高数値を出してしまった。醜いからだだ…。
つらい